【寄稿】
◆地中熱利用促進協会 副理事長 安川香澄◆
空調や建物に関わる業種の方にはかなり浸透してきた感のある地中熱ヒートポンプですが、一般市民の認知度は依然として低いようです。筆者は全国各地で地熱エネルギーに関する講演をしておりまして、参加者からよく「家庭でも使える地熱の利用法はありませんか?」と聞かれます。そんな時は嬉々として、「地中熱ヒートポンプという方法があります」と答えますが、キョトンとされてしまったり、初めて聞いたと言われることがほとんどです。
一般市民が知らなければ、空調・建物以外の業種の方々もご存知ないわけで、これは非常に残念なことです。というのは、コロナ禍に円安、ロシアによるウクライナ侵攻という様々な要因でエネルギー価格が高騰し続ける昨今、多くの方が長期的な燃料費削減のチャンスを逃しているからです。
地中熱ヒートポンプは、わが国では空調や給湯用として、事務所や公共施設などを中心に普及してきました。一般の空調に比べ導入費が高いことが課題ですが、大きな省エネ・節電効果があるので、いずれ導入コストを回収した後は燃料費が下がることが魅力です。とは言え、これらの建物は通常日中しか使われず、空調運転時間が8時間程度に留まるので、コスト回収に長い年数がかかります。それに比べて、24時間温度管理が必要な施設ならば、コスト回収期間は大幅に短縮されます。
24時間空調というとまず思い浮かぶのは、病院や介護施設などでしょう。それらの施設では、すでに地中熱ヒートポンプの導入事例があります。しかし、温度管理が必要なのは人間用の空調だけではありません。今回、アイディアとしてご紹介したいのは、醸造業、発酵業、養殖漁業といった産業への応用です。
温度管理による発酵調整で、明治以降に時間短縮された味噌づくり
(http://gourmet-note.jp/posts/4058 より転載)
伝統産業の印象が強い醸造・発酵業ですが、現在では伝統製法を守りつつ、衛生環境に留意した最新設備が導入されている場合が多いようです。そして発酵プロセスや貯蔵の目的で温度を一定に保つため、ボイラーや空調が使われます。温度管理の大切さは養殖漁業にも共通で、幼魚の生育に合わせて、最適な水温に保つよう管理しています。世界的に海洋資源の保護が叫ばれ、天然の漁業が難しくなる中、養殖漁業は産業として急成長しており、中でも温度管理が容易でユニット化も可能な内陸養殖の割合が増えるとの見通しもあります。
世界の漁業生産量の推移:20年間ほぼ一定の漁船漁業と加速的に増加する養殖漁業
(https://sustainablejapan.jp/2015/08/04/fishery-in-japan/17618 より転載)
さて、これらの業種で必要な温度は、極端に高温や低温ではなく、常温よりも5℃~10℃程度高めか低めの温度。これは、地中熱ヒートポンプが最も得意とし、省エネ・節電効果が高い温度範囲です。ヒートポンプの効率が良く、しかも設備利用率が極めて高いのですから、結果的にコスト回収年数が短縮され、燃料費削減が早く実現するはずです。
食品分野では既に導入例があり、食品工場の温度管理とともに、野菜の加工工程やジャムの製造工程に、地中熱ヒートポンプで製造された冷温水が使われています。また農業分野では、温室栽培への地中熱ヒートポンプの活用が実証的に行われています。今後は、醸造・発酵業や養殖漁業などに活用してはどうでしょううか。加温だけでなく、貯蔵用の冷熱として利用できる点も、地中熱ヒートポンプの魅力の一つです。
地中熱ヒートポンプで製造された冷温水を利用したジャム製造
(https://www.ecomisawa.com/constructionexample.html より転載)
もう20年も前のこと、仲間7人で造り酒屋を見学した際、お金を出し合って3年吟醸という高価な酒を購入し、味見したことがあります。あまりの美味しさに、皆「ふゎー」「ほぉー」と漏らすばかりで、誰も感想らしい感想を述べません。確か500mlで9000円もしましたが、それでも3年間の冷蔵費に対して赤字なのだそうで、店主によれば「もっと安い酒で大量に稼いでいるから、この酒は採算度外視でのお客様へのサービス。造れば造るほど赤字になるから、数は造らない」とのこと。店主が指さす大型冷蔵庫は、夏にはカンカン照りになる庭先に置かれています。地中熱ヒートポンプで冷蔵すれば電気代を大幅節約できて赤字が解消でき、もっとたくさん飲めるようになるのに、と歯噛みしたものでした。
思い出の造り酒屋さん
(https://www.kiritsukuba.co.jp/ 浦里酒造店のギャラリー?/ より転載)
ところで、さまざまな業種の方々に地中熱ヒートポンプを知ってもらうためには、異業種交流会が効果的ではないかと考えています。先行事例がないと納得してくださらない方が多いわが国ですが、中には、世界初だからこそチャレンジしたいという方もきっといらっしゃるはず。そもそも、新たな挑戦を続けてきたからこそ時代に打ち勝ってきた伝統産業であり、工夫を重ねるからこそ急成長する養殖漁業です。そんな方に、ぜひ同業者に先駆けて地中熱ヒートポンプによる新ブランドを立ち上げていただきたいのです。
地中熱無添加味噌、地中熱絹ごし豆腐、地中熱大粒納豆、地中熱濃口醤油、地中熱純米吟醸酒、地中熱麦酒、地中熱葡萄酒。地中熱鯵、地中熱平目、地中熱鯛、地中熱熟れ鮨。地球の熱を上手に利用した高付加価値の食品として、いつの日かきっと食卓をにぎわすことになるでしょう。
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